霞喰人の白日夢

霞を食べて生きていけたら..

イベルメクチンと統計的科学証明

3月21日,2度めの緊急事態宣言が解除されたが,それをあざ笑うかのように新型コロナの感染者数は再び増え始めた.首都圏に緊急事態宣言が発出されたのは1月8日であったが,第3波の東京の感染者数ピークが1月4日(1524人/日)であったことを考えると,緊急事態宣言の発出も解除も,残念ながら政治判断はワンテンポもツーテンポも遅れていると言うしかないだろう.

https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/cards/positive-number-by-developed-date/

「福島復興」をシンボルとして掲げた五輪はいつの間にか「人類が新型コロナに打ち勝った証」としての五輪にすり替わったが,ワクチン供給が予定より大幅に遅れることは必至だから,五輪までにコロナに打ち勝つ可能性は限りなく低い.下手をすれば五輪は第4波のピークに,うまくいっても第4波と第5波の谷間に行われることになろう.土壇場で中止になることがなければの話だが.

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いつまでたっても先が見えない状況のなかで,2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智が発見したイベルメクチンが特効薬になるのでは,との報道が雑誌やネットを賑わせている.もともとは抗寄生虫薬で,中南米やアフリカで深刻なオンコセルカ症やアフリカのフィラリア症の撲滅あるいはほぼ撲滅に貢献したことで,大村はノーベル賞を受賞した.それがここに来て,新型コロナの治療に効くというのだ.

https://www.kitasato-u.ac.jp/nobelprize/research_result.html

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現在北里大学で治験を進めているそうだが,花木秀明教授によれば,世界27カ国で86件の観察研究や臨床研究が行われ,効果が確認されている.一部(17件)は,いわゆるRCT(Randomized Controlled Trial,ランダム化比較試験)も行われ,それらを対象にしたメタ分析でも効果が確認されている.

http://jja-contents.wdc-jp.com/pdf/JJA74/74-1-open/74-1_1-43.pdf

https://www.kitasato.ac.jp/jp/news/20201217-01.html

 (このページの下部.リンク先資料を参照)

一方で,当の製薬会社であるメルクは効果が確認されていないとし,また有名な医学誌JAMAにも効果が確認されなかったとの論文が発表された.

https://www.carenet.com/news/journal/carenet/51889

そしてこのJAMA論文をきっかけに,イベルメクチンに効果なし,科学的根拠なし,根拠のない話に乗るのは非常に危険と主張する記事が,一気にネット上に現れ始めた.

https://toyokeizai.net/articles/-/416242

https://www.m3.com/open/thesis/article/23844/

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t344/202103/569606.html

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ここまでの状況を大胆に整理すると,科学的に厳密とはいえないが,観察研究や臨床研究などの経験に基づく多くの研究では良い効果が確認されているが,権威ある雑誌に掲載されたランダム化比較試験による研究結果では効果が確認されていない.結局のところ,イベルメクチン肯定派は多数の経験的研究を重視し,否定派は1つの(あるいは数少ない)統計学的に正しい手続きに従った研究を重視していることになる.ただし,統計学的に正しい研究とはいっても,花木教授らは研究方法に疑問点(おかしな点)があると指摘している.

 

ここまででやっと状況説明が終わったのだが,今日書こうと思っている内容は,研究方法の疑問点ではなく【統計学的に正しい手続きに従った研究が100%正しくて,そうではない経験的な研究が誤り】とする考え方は誤りだ,ということである.統計学的研究と言ってもすべて同じわけではないが,典型的な方法を簡単に説明しよう.

統計学的にある薬に効果があるかないかを調べるためには,まず,その薬と比較対象(例えばプラセボとか他の薬)の効果は同じという仮説を立てる(帰無仮説と呼ぶ).そして,被験者を無作為に(ランダムに)2つのグループに分け,一方にその薬を,他方に比較対象を投与する.被験者達にどちらが投与されたかを教えてはいけない.次に,あらかじめ決めておいた効果を確認する指標(血圧とか治癒率とか死亡率など)を調べ,2つのグループ間の差を表す統計量と呼ばれる数値を計算する.その上で,帰無仮説が正しいと仮定したとき,つまり調べたい薬と比較対象の効果が同じと仮定したときに,両者の差を表す統計量が今回得た数値以上になる確率を計算する.その確率をp値と呼ぶ.そのp値が,例えば0.05以下なら(0.01を使うときもある)帰無仮説は誤りとする.つまり,効果は同じとする仮説が間違えているからそんな確率の小さい/ありえない事象が起きるのだと考える.帰無仮説が誤りということは,その薬の効果は比較対象(プラセボ)と同じでないことを意味する.薬の効果があることを意味する.そんな論理で統計的な検定をするのだ.

この方法の問題の1つは,もしp値が0.06だったら,科学の世界では帰無仮説が誤っていると言ってはいけないということだ.つまり,効果があると言ってはいけない.言ったら不正になる.これは科学の世界の厳密なルールなのだ.

しかし考えてみよう.p値が0.05以下なら効果があって,0.05を超えたら効果がないって,単なる決め事でしかない.p=0.04で科学的に効果が証明されても,その証明は絶対ではない.効果がない可能性は4%ぐらいある.p=0.06で科学的に証明できなくても,効果のある可能性は94%ぐらいある.統計学的に厳密な科学的証明とは,このような程度の便宜的決め事でしかないのだ.

もうひとつ重要なのは,科学的な証明は非常に【保守的】ということ.そしていつも遅い.簡単には効果を認めないからだ.効果だけではない.薬害や公害にだって保守的な結論を出す.簡単には薬害だ,公害だとは認めない.だから,科学者が科学的に証明できたというときには,多くの現場の実務家たちはあたりまえじゃん,遅いよ,前からわかってるよって内心では思う.

イベルメクチンもそうなのではないか.私はそう思っている.また,今のようなコロナ禍の状況で,金科玉条のように統計学的証明=エビデンスにしがみつく科学者はどうかしている,と私は思う.かつての様々な薬害や公害をなかなか認めなかった科学者たちのように.