霞喰人の白日夢

霞を食べて生きていけたら..

後手後手が続く社会

内田樹の研究室」を長い間フォローしているのだが,最近の記事に「後手に回る政治」というものがあった.

http://blog.tatsuru.com/2021/04/03_0740.html

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この記事の中で,内田は『私たちは子どもの頃から「後手に回る」訓練をずっとされ続けている』という.『「教師の出した問いに正解する」という学校教育の基本スキームそのものが実は「後手に回る」ことを制度的に子どもたちに強いている』からである.

なるほどと思った.私達は学校で課題を与えられてそれを解く.解くべき課題を考えるのではなく,起きうる課題を予測するのでもない.課題がすでにそこにあり,学生や生徒はそれを解くことを求められる.それが「後手」である.文科省がかつて導入した「ゆとり教育」も,これから導入しようとしている「探求学習」も,指導要領が存在し高成績を取る条件が事前に決められているのであれば,私達は与えられた課題を正しいと決められた方法で,正しく回答することが求められる.その求めに応じて正しく回答する者たちが,後手に回って正しく処理する者たちが『優秀』と判定されるのである.

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64738

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学校で常に『優秀』だった人間が社会に出た後のことを考えてみよう.例えば,東大などの一流大学を出た者たちである. 彼らは課題が与えられると優れた知能を発揮してそれを解く.あらゆる課題には導くべき答えという「目標」があり,導く際の「制約条件」がある.明示的あるいは非明示的な制約条件の下で,与えられた目標を達成する方法を素早く,正確に見つけて解く.滞りなくそれらを実行できるから彼らは優秀だという称賛をうける.

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問題は,社会において起こりうる課題を自ら予測し,その課題発生を回避する方法を考えて提案する教育,つまり先手を取る教育をうけていないことだ.それは,政治家や,行政を担当する官僚や,企業経営者達にとって最も重要な能力のはずだが,彼らはその能力を磨く教育・訓練を受けていない.それどころか官庁や大企業などの古い社会では,若い頃から権力者や上司の意向を汲み,忖度し,上司の意向どおりに仕事をする能力を磨く.上司が命じる方針や方法の問題点を見出し,起こりうるトラブルを予測し,それを回避する方法を考案・実行すること,先手を取る訓練を社会でもしていない.それをすると,分不相応なでしゃばりとしか認識されないのだ.だから,事前に予測し避けることが可能なはずのトラブルを避けずに,トラブルが表面化してからその(解決法ではなく)対処法を考える.多くの場合は,誰も否定できない言い訳を考えて組織の責任を回避することが対処法だ.そうして後手に回ってうまく処理する者が『優秀』とみなされて出世するのだ.

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現代は,だれにも明確で,わかりやすい表面的な事柄だけを評価し,順番をつけ,苛烈なほどに優勝劣敗を強いる新自由主義社会/市場主義社会である.このような社会ではトラブルの事前回避は評価されない.出世にも金銭的利益にも結びつかない.事前回避策が功を奏して何もトラブルがおきなければ,その回避策の重要性は誰にも認識されず,明確な評価に結びつかないからだ.トラブル発生を予測できなかった権力者や上司たちには,何もする必要がないのに無駄な事をしたと思われてしまう.結果としてこのような社会では,自己保身のために政治家や官僚たちは先手を取って,リスクを取ってトラブルを回避するという行動をとらない.ロックダウンなどもってのほかだ.

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今の新型コロナ禍で上記のような状況が見られる.日本の政治と行政は過去の事例から学習することを全くせず,同じことを何度も繰り返している.後手,後手で.このままだと,ワクチンが普及するまでは第4波,第5波と同じ失敗を繰り返すだろう.運悪く変異ウィルスにワクチンが効かないとなれば,いったいどうなるのか想像もつかない.