霞喰人の白日夢

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ウクライナ戦争と嘘不感症に感染したメディア(6)

国際人権団体として有名なアムネスティ・インターナショナル(以下、アムネスティと略記)は、世界各地における人権問題を監視し、調査し、人権に関する不正義があれば、その事実を世界に対して広く訴えることを目的とする非政府組織である。ホームページによれば、賛同する個人による寄付等で支えられ、政治的イデオロギー経済的利益、宗教に対し独立して活動する世界最大の国際人権NGOであるとする。

 

https://www.amnesty.org/en/
https://www.amnesty.or.jp/

 

このアムネスティは、その活動の一つとして、世界各地の人権状況のレポートを発表している。ウクライナやロシアに関するレポートもいくつか出ているが、ここでは2021年と2022年に発表された2つのレポートを取り上げる。

 

アムネスティの2021年ウクライナレポート
https://www.amnesty.org/en/location/europe-and-central-asia/ukraine/report-ukraine/

 

アムネスティの2022年ウクライナレポート
https://www.amnesty.org/en/latest/news/2022/08/ukraine-ukrainian-fighting-tactics-endanger-civilians/

 

2021年(ロシア侵攻前)のリポートでは、その冒頭から、軍人や警察による拷問、ジェンダーに基づく暴力、差別と暴力を主張するグループ(いわゆるネオナチや極右暴力団)による同性愛者やロマへの攻撃、ジャーナリストや人権擁護者への攻撃等が蔓延し、捜査も対策も不十分で、効果のないことが語られる。捜査対象者の人権が法的に守られない問題も指摘される。また、東部のドンバス地方では、ウクライナ軍とドンバス軍(ルガンスク人民共和国軍とドネツク民共和国軍。この時点ではロシア軍は参戦していない)の双方が、国際人道法に違反する行為を行っていると指摘されている。さらにレポートの内容をしっかり読めば、ウクライナの刑事司法は(国会・行政も同様だが)どうしようもなく腐敗していることが読み取れる。

 

さて、今日、この記事で話題にする内容は、2022年8月に発表された2番めのウクライナレポートについてである。このレポートは【ウクライナの戦闘戦術は民間人を危険にさらす】と題され、ウクライナ軍が住宅地、病院、学校などの人口密集地域に軍事基地を数多く設置していることを、いくつかの具体例とともに示し、これがロシア軍の民間人地区への無差別攻撃を招いている、と報告した。アムネスティは、ロシア軍による人口密集地域への無差別攻撃は戦争犯罪であると釘をさしつつも、『人口密集地域内に軍事目標を配置するというウクライナ軍の慣行』は国際法に違反すると指摘する。

 

アムネスティの調査が十分なものであったかどうかはともかく、事実関係に間違いがなければ、真っ当な指摘というほかはなかろう。だが、ウクライナと西側メディア、特に米国メディアはこのレポートに激しく反発した。

 

アムネスティのこのレポートに対する反響を報じた World Socialist Web Siteの記事によると、ウクライナのゼレンスキー大統領は国民への演説でこの報告書を非難して『「犠牲者」を「侵略者」に変えた』と主張し、ドミトロ・クレバ外相は『現実をゆがめ、加害者と被害者の間に誤った道徳的同等性を引き出し、ロシアの偽情報への取り組みを後押ししている』とツイートした。このウクライナの反応は、アムネスティの報告内容が事実かどうかではなく、ロシアを一方的な加害者とする立場からの反発であることに注意されたい。事実かどうかについて、記事は『ヨーロッパにおける反ロシア戦争プロパガンダで重要な役割を果たしてきたドイツのニュース雑誌シュピーゲルが、金曜の報道で、自身の記者がアムネスティ・インターナショナルと同様の発見をしたことを、かなりしぶしぶながら認めた』と報じている。

 

https://www.wsws.org/en/articles/2022/08/06/dsao-a06.html

 

だが、米国の主要メディアは、ウクライナ政府と同様な感情的な反応に終始していた。2013年ジェフ・ベゾスが設立した持株会社ナッシュ・ホールディングスに買収されて以来、紙面の質がめっきり落ちたワシントン・ポストは、知識不足を顧みずに偏った意見を機関銃のように喋りまくる困った米国人さながらに、三流週刊誌並の感情的な記事を書いている。いかにも事実であるかのように書かれた内容は、これまでワシントン・ポスト自身が報道してきた怪しい"事実"である。

 

https://www.washingtonpost.com/business/amnestys-impartialityplays-to-russias-advantage/2022/08/08/c83ff2be-16d7-11ed-b998-b2ab68f58468_story.html

 

保守系の米雑誌、The National Interest も『ロシアとウクライナが、ロシアが始めた戦争に対して等しく責任があるという誤った印象を与える』と主張する。つまり『とにかく侵略してきたロシアの方が悪いに決まっている』と言いたいらしい。さらには、根拠も示さずに『過去6か月間、ロシアは無差別に民間人地域を砲撃し、病院や人道支援通路を標的に攻撃し、何千人ものウクライナ人を強制的に拘留し、ろ過キャンプを介してロシアに移送し、明らかにウクライナ人捕虜を拷問して処刑した』と、 「一方的な」主張を続ける(”一方的な” という言葉は、日本のメディアがロシアの主張を伝えるときに、付け加える枕詞である)。

 

https://nationalinterest.org/blog/buzz/amnesty-international-gets-it-wrong-ukraine-204048

 

ナショナル・パブリック・ラジオは、アムネスティが報告する『事実』を認めた上で、アムネスティに対する米国メディア・専門家たちの反発を次のように伝える。『市街戦において兵士は民間人からどれくらい離れれば合法的なのか?あまりにも曖昧だ』『ウクライナ人は全員戦争犯罪者であるという暗黙の結論に飛びついた』『ロシアが最初に侵略しなければ、民間人の死者はまったく出なかっただろう』

 

https://www.npr.org/2022/08/06/1116179764/experts-widely-condemn-amnesty-international-report-alleging-ukrainian-war-crime

 

ある行為が違法であるかどうかは、事実を調査・確認し、その周りで起きた文脈や解釈とは独立に、事実に基づいて判断されなければならない。しかし米国のマスコミ人はその原則を全く理解しようとせず、自分が切り取る文脈の中で、行為の評価を恣意的に変える。文脈は、切り取る時間 ーどこからどこまでを考慮するかー によって全くその意味が異なりえる。解釈は、当たり前だが、当人の経験や知識や心の状態によって変わる。ナショナル・パブリック・ラジオの記事のホストとゲストにとっては、2022年2月24日以降のことだけが文脈のようだが、現実としては、ドンバスにおける戦争は、2014年に、ウクライナ政府によって始められた。

 

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ウクライナ政府や米国政府・メディアのあからさまな圧力・批判によって、政治的に独立であるはずのアムネスティもビビった。米CNBCの報道によると、アムネスティウクライナ支部責任者オクサナ・ポカルチュクは、問題のレポートの公表に反対だったことを述べ、辞任した。

 

ポカルチュク氏はフェイスブックの声明で、次のように述べた。『侵略者に占領され、国をバラバラに引き裂いている国に住んでいない人は、防衛軍を非難することがどういうことか理解できないだろう』『このような瞬間に、このような文脈で発表される重要な報告書には、戦争の反対側、この戦争を始めた人物に関する情報が含まれていないわけにはいきません』『組織は、ロシアの物語を支持するように聞こえる資料を作成しました。民間人を保護しようとして、この研究は代わりにロシアのプロパガンダのツールになりました。』

 

https://www.cnbc.com/2022/08/06/amnesty-international-report-sparks-furor-resignation-in-ukraine.html

 

感情的にはわからないでもない。だが、客観的にもの事を理解しようとする姿勢を取るならば、彼女はいくつもの大きな間違いをしている。ウクライナ、あるいはウクライナ西部の人々は2022年2月24日以前は被害者ではなく、加害者であった事実を思い出さなければならない。2022年2月24日に戦争が始まったと考えるときの『戦争を始めた人』と、2014年2月のマイダン革命(マイダン暴力クーデター)後に戦争が始まったと考えるときの『戦争を始めた人』は違う。どちらの文脈を採用するかで、『戦争を始めた人』は異なり、そして正義も異なるだろう。その点を理解しないという点で、オクサナ・ポカルチュクは、アムネスティウクライナ支部責任者にはふさわしくない人物だったというしかないだろう。

 

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アムネスティ内部で起きたこの騒ぎ。このまま終わるのであればまだよかった。客観的立場で、世界の人々の人権、一人ひとりの個人の人権を守る立場のアムネスティ。そうであれば、国と国の争い、たとえそれが民主主義国と独裁国家の争いであろうと、国家と国家の闘いに巻き込まれ、一方の肩を持つようなことをすべきではなかった。毅然として中立でいればよかった。民主主義国にも幾分かの不自由や人権弾圧があり、独裁国家にも幾分かの自由と公平さがあるからだ。

 

だが、アムネスティは謝罪をした。「アムネスティ・インターナショナルは、ウクライナ軍の戦闘戦術に関するプレスリリースが引き起こした苦痛と怒りを深く遺憾に思う」と述べた。その上で、レポートについては次のように述べた。


『私たちが訪問した19の町や村すべてで、ウクライナ軍が民間人が住んでいる場所のすぐ隣に位置し、ロシアの火事の危険にさらされている可能性があることを記録した』
『我々は、国際人道法(IHL)の規則に基づいてこの評価を行った。これは、紛争のすべての当事者が、可能な限り、人口密集地域内またはその近くに軍事目標を配置することを避けることを要求している。戦争法は部分的に存在する民間人を保護するためであり、アムネスティ・インターナショナルが各国政府に遵守を求めるのはこのためだ』
『これは、アムネスティ・インターナショナルが、ロシア軍が犯した違反の責任をウクライナ軍に負わせているという意味でも、ウクライナ軍が国内の他の場所で適切な予防措置を講じていないという意味でもない』

 

https://edition.cnn.com/2022/08/08/europe/amnesty-ukraine-military-report-intl/index.html
https://www.theguardian.com/world/2022/aug/07/amnesty-international-ukraine-military-report-civilians

 

アムネスティは、問題のレポートの過ちを認めたわけでも、撤回したわけでもない。報告した事実は、事実として存在したと控えめに主張しつつ、それでも謝罪をしたのだった。

 

https://newkontinent.org/amnesty-internationals-report-criticizing-ukraine-is-dividing-the-rights-group/

 

いったいアムネスティは何に対して謝罪したのか。戦争に巻き込まれ、つらい思いをした西ウクライナの人々の気持ちを傷つけたからか? だとしたら、8年以上キエフ政府にテロリストと呼ばれ、砲撃され、殺されてきたドンバスの人々の気持ちのことは考えないのか。ウクライナ語がうまく話せないからと言って、チンピラたち(ネオナチ、極右暴力団)にポールに縛りつけられたり、脱がされたり、顔を緑に塗られたり、ムチで叩かれたりしてきたロマやユダヤやロシア系住民の気持ちはどうするのか。

 

8月25日の以下の記事のタイトルによると、アムネスティは、ウクライナの報告に対する反発が続く中、報告書の見直しを発表したという。どうやらアムネスティは、西側のプロパガンダと批判に負けたようだ。

 

https://www.atlanticcouncil.org/blogs/ukrainealert/amnesty-announces-review-as-ukraine-report-backlash-continues/