霞喰人の白日夢

霞を食べて生きていけたら..

「陰謀論」と切って捨てる前に..

1月28日(木),朝日新聞の論壇時評に,津田大介が「陰謀論の猛威」について書いている(この地の朝日は13版Sなので東京地区では日付が違うかもしれない).

https://www.asahi.com/articles/DA3S14779614.html

私は,津田大介をジャーナリストあるいは評論家として信頼しており,これまで彼が書くものに疑義を持ったり,内容に同意できないと思ったことはたぶん一度もない.部分的に違和感を持つことすらほとんどないくらいに,安心して読むことができる書き手だと思っている.

 

今回の「陰謀論の猛威」についても基本的に異論はないのだが,一つだけ気がかりな点があった.全体を通して,「陰謀論」はすべて荒唐無稽な誤りと思えるような論調で書かれた印象があるからだ.大手マスコミに書かれたことがすべて正しいと津田が言うはずもないことは分かっている.しかし,例えば,「陰謀論を信じがちなネットユーザーは『自分の意見に合う話題が報じられなければマスコミを批判する』傾向が見られる」という記述は,大手マスコミや世間で正しいとされていることに反対し批判することを封じ込めかねないと感じる.それはまた,欧米と価値観を同じくする先進国の一員とは思えぬほどに低い報道自由度ランキング(2020年は66位.2017年は72位)や,「政府発表報道」に偏っている日本の大手マスコミの現状を肯定しかねない.

https://yorozu-do.com/press-freedom-index/

Iraqそもそも政治世界において陰謀は遍在し,陰謀説を常に誤りと決めつけることはできないと思うのだ.有名なところでは,1976年のアカデミー賞で4部門を受賞した映画「大統領の陰謀」の題材となったウォーターゲート事件がある.当時のニクソン大統領が再選のために民主党本部に盗聴器を仕掛けた事件である.再選のためとはまるで今回のトランプのようだが,米国大統領による陰謀という点で,当時非常に衝撃的な事件であった.

http://www.maedafamily.com/kanren/watergate.htm

もうひとつは2003年に米国のジョージ・ブッシュ大統領が始めたイラク戦争.これはイラク大量破壊兵器核兵器)を隠し持っていることを理由に,イギリスやオーストラリアなど西側諸国を巻き込んだ戦争だったが,戦後調べた結果イラク核兵器は一切なかったのだ.

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E6%88%A6%E4%BA%89

Nixonイラク戦争の開始前,ネオコンに支配されていたブッシュ政権の中心人物であるディック・チェイニー副大統領は「証拠はある」と言いつつも確かな証拠を出すことは結局なかった(コリン・パウエル国務長官が国連安保理で演説し衛星写真を使って説明をした記憶があるが,それは「確かな証拠」とはとてもいえないものだった.パウエル自身,騙されていたのだろうとの報道もある).もうひとりの中心人物であるドナルド・ラムズフェルド国防長官は軍産複合体を体現した人物と言われていた.ブッシュ大統領も含めて,彼らは皆,軍需産業や石油産業に深く関わっていてイラク戦争によって莫大な利益を得たと報道されている.そうであればイラク戦争はまさに彼らの壮大な陰謀だったと言ってよいだろう.

https://www.nhk.or.jp/bunken/research/title/year/2004/pdf/002.pdf

ブッシュ政権の陰謀の主体となった軍産複合体については,イラク戦争よりはるか前,1961年にドワイト・アイゼンハワー大統領が,その過剰な影響力と危険性について告発している.

http://ad9.org/pegasus/Education/docs/EisenhowerAddressJE.pdf

shock世界各地で行われた新自由主義者ネオリベ)達の陰謀を知るには,ナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン」を読むとよいだろう.チリの軍事政権(1973年),天安門事件(1989年),ソビエト連邦崩壊(1991年),アメリカ同時多発テロ事件(2001年),イラク戦争(2003年),スマトラ島沖地震津波被害 (2004年),ハリケーンカトリーナ(2005年)などにおいて,彼らは大惨事につけこみ急進的な市場主義改革を断行した.福祉・医療・教育などの公共部門を民営化し,社会的支出を大幅に削減し,多くの国民を窮地に追い詰め,「惨事便乗型資本主義」によって特権階級の富を爆増した.日本でも,竹中平蔵らのリバタリアンが,小泉純一郎安倍晋三菅義偉らの政治家を利用して同様の陰謀を試みていると言ってよいだろう.

 

また,大手マスコミにはほとんど登場しないが,戦後何十年もの間ときどき耳にするものとして,日米合同委員会がある.この委員会は1960年に締結された日米地位協定の運用を協議する非公開の日米間実務者会議で,省庁から選ばれた官僚と在日米軍のトップが月に2回協議を行うらしい.問題は,政治家が参加しないにも関わらず,ここで日本の基本政策の多くが決められるというのだ.にわかには信じがたいのだが,小泉政権も安倍政権も,長期に渡る政権の主要な政策はこの場で米国から要求されたものがほとんどで,要求に逆らう政権は短命に終わるのだという.真偽のほどは定かでないが,例えば,田中角栄が失脚したのも,鳩山由紀夫が追い詰められたのも,米国の逆鱗に触れたからだとの言説を聞いたことがある(鳩山自身,後に自分は日米合同委員会の存在を知らなかったと述べている).

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/53252

https://news.livedoor.com/article/detail/16630442/

https://kakaku.com/tv/channel=10/programID=659/page=3996/

 この件については,私もすべてを信じ切る自信はないのだが,ある一つの不思議な経験からあり得るとは思うのだ.それは,2012年に民主党政権が終わった時のこと.民主党が政権についている間,沖縄基地問題オスプレイ問題,フクシマ原発問題,消費税増税問題などについて,自民党やマスコミに厳しく批判されていたが,その情報源は政府内部つまり官僚達からのリークではないかと思えた.しかし,政権が自民党に代わったとたん,沖縄基地も,オスプレイも,フクシマも,国の財政も,どの問題も解決したわけではないのに,政策が大きく変わったわけでもないのに,マスコミ批判が激減したのだ.保守系のメディアだけでなく,リベラル系と見られるメディアでも.当時はマスコミの露骨な自民党びいきかとも思ったが,米国の意向に沿って官僚達が動いていたのだと考えれば説明がつく.そうだとすれば,これは官僚たちの「陰謀」ということになる.

 

私の知っている範囲でいくつか例を挙げてきたが,要は,政治の世界に陰謀は遍在する.ここでは述べなかったが,NSA(米国国家安全保障局)の職員でありながら米国による国際的盗聴を告発しロシアに亡命したエドワード・スノーデンや,政府等の機密情報を暴露するウィキリークス編集長として様々な国際賞を受賞したにも関わらず米英の政府に追われているジュリアン・アサンジの例もある.米国はかつて,反米国のトップの暗殺や誘拐を何度も試みてきた(例えば,リビアの最高指導者カダフィ大佐の暗殺未遂やパナマのノリエガ大統領誘拐など).アジア,中近東,アフリカ,南アメリカなどでも,権力争いのあるところでは数多くの陰謀があったはずだ.インターネット上には,確かに荒唐無稽な陰謀論がたくさんあるのだが,それらすべてを「陰謀論」と切って捨てるようでは道を誤ることもあるだろう.少なくとも,陰謀論=嘘,と決めつけることはやめたほうがいい.

 

そしてことは政治だけではない.一見科学的なことがらでも,そこにムラがあればムラの利益や既得権を守るための陰謀がありうる.原子力村,地震予知村,がん検診村,メタボ村,そして気候科学村.特に,政治や行政と結びつき,権力と大きな予算がついている科学者村は危ない.私の経験では,科学者村は権威づけと予算獲得のためにいとも簡単に「方便」を使い,政治や行政の道具になりきるからだ.

http://kjs.nagaokaut.ac.jp/yamada/info/science.pdf