霞喰人の白日夢

霞を食べて生きていけたら..

ウクライナ戦争と嘘不感症に感染したメディア(5)

前回も書いたように、国と国とが戦争をすれば、戦争当事国はプロパガンダを流す。それは、独裁国家だけではなく民主主義国家であっても同じだ。国民からの支持を失うと戦争継続が困難になることを考えれば、独裁国家よりも民主主義国家のほうがプロパガンダ(嘘やフェイクや誇張)の必要性が高いだろうということは、容易に想像がつく。直接戦闘に参加せず、軍事支援や経済支援をするだけであっても、多額の税金を使う以上、国民の支持は不可欠であり、そうであればプロパガンダの必要性は増すわけだ。

 

ウクライナ戦争の初期に起きた、ウクライナ東南部マリウポリの産科病院が空爆されたとする事件でも、双方からのプロパガンダ合戦が激しかった。そのようなとき、どちらか一方の公式発表に強くコミットしすぎず、適切な距離とバランスを保って事実を知ろうと努力する姿勢がメディアの質を決めるといってもよいだろう。だが残念ながら、西側メディアのほとんどはそうした姿勢を見せず、私から見れば合格点以下の報道でしかなかった。

 

プロパガンダ合戦が始まったのは3月9日、ロシアがマリウポリの産科病院を「空爆」し、少なくとも17名が負傷したというウクライナ政府の発表だった。その発表をAP通信が世界に配信したのだが、読売新聞のサイトに掲載された動画には、怪我をして担架で運ばれる妊婦や、「空爆」で破壊された病院が撮影されている。

 

https://www.yomiuri.co.jp/stream/article/18977/

 

西側メディアの続報によれば、犠牲者は子ども1人を含む3人が死亡、17人が負傷した。「空爆」があったのは、マリウポリから民間人が避難する人道回廊が設けられ、一時停戦しているはずのときだったという。ウクライナ及び欧米からはロシアに対する激しい非難が起きた。それに対してロシアのラブロフ外相は『患者はいなかった。病院は長年、ウクライナ軍の極右のネオナチ部隊に占拠されていた』と語ったとされるが、多くの西側メディアはそれをロシアの嘘として一蹴した。

 

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000247589.html
https://www.chunichi.co.jp/article/432979

 

その翌日、西側メディアは、爆撃で怪我をした妊婦の一人であるマリアナ・ヴィシェギルスカヤさんが無事に子供を出産したと報道した。ところがそれに対して在英ロシア大使館マリアナさんは嘘の演技をする危機対応俳優(crisis actor)だったとツイートしたのだ。これは西側メディア上でのロシア非難に油を注ぐ形となった。その一方で、ネット上のロシア応援団からは、マリアナさんに対する「妊娠は嘘」等の誹謗中傷も激しかったという。なお、在英ロシア大使館のツイートは、ツイッター社の規則に違反するとして削除されている。

 

https://www.bbc.com/japanese/60718370
https://agora-web.jp/archives/2055533.html
https://www.bbc.com/news/world-europe-60715492
https://nypost.com/2022/03/11/pregnant-ukrainian-blogger-seen-fleeing-maternity-hospital-blast-has-given-birth/
https://www.dailymail.co.uk/news/article-10601967/Trolls-target-pregnant-Ukrainian-beauty-blogger-survived-Mariupol-hospital-attack-abuse.html


さて、事実はどうだったかといえば、なかなかすっきりしない。数日後の3月14日、ニューヨーク・ポストは、出産後のマリアナさんへのインタビュー記事を載せ、危機対応俳優ではなかった(つまり在英ロシア大使館のツイートは嘘または誤り)ことを伝えるが、ロシアによる産科病院への「爆撃」については「それがどのように起こったのか、私たちは知りません。」との発言しか載せていない。

 

https://nypost.com/2022/03/14/pregnant-ukrainian-woman-from-maternity-hospital-dies/

 

また、5月17日の米CBSの記事によると、『BBC とのインタビューで、ヴィシェギルスカヤはロシア当局者を直接批判しなかった。彼女は代わりに、彼女の写真を投稿したジャーナリストが、攻撃が起こったことを確認できる他の妊婦にインタビューしなかったことに腹を立てている』とある(このジャーナリストとは、AP通信と思われる)。つまり、マリアナさんは、他の妊婦にインタビューすれば、誰が攻撃したか、爆撃だったか砲撃だったかが分かるにも関わらず、分からないという私にのみインタビューしたと怒っているように読める。

 

https://www.cbsnews.com/news/marianna-vyshemirsky-pregnant-woman-mariupol-hospital-bombing-speaks-out/

 

ニューヨーク・ポストも、CBSも、どちらも歯切れが悪くて消化不良を起こしそうな記事なのだが、日テレニュースはもう少し具体的に書く。これによれば、マリアナさんはAP通信に対して『何がどこから飛んできたのか、わかりません』と言う一方で、ロシア系メディアに対しては『病院は空爆を受けたのではなく、地上からの砲撃だけだった』と答え、AP通信の記者に対しては『撮影を断ったにもかかわらず、無理やり撮影された』と語っている。

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/aa047bc3a98eca7325387ed06710943a6282dc6f?page=1

 

上記の日テレニュースで言及されたロシア系メディアによるインタヴューの記事と動画(日本語字幕付)は、以下のサイトで見ることができる。動画は日本語字幕付きなので、事実に対して興味のある人は是非見てほしい。

 

https://english.pravda.ru/news/world/150964-marianna_vyshemirskaya_mariupol/
https://www.youtube.com/watch?v=AWn6I8cCAug(日本語字幕付き)

 

この動画における本人の発言を聞く限りでは、ラブロフ外相の「産科病院に患者がいなかった」の発言は事実でなかったと判断できるが、患者(妊婦たち)がウクライナ軍に病院から出ていけと言われたこと、病院がウクライナ軍の基地として使われていたことは事実と考えられる。また病院への攻撃は、確実とは言えないが、空爆でなく砲撃だったとマリアナさんは推測している。

 

これ以上のことはわからない。だが、ウクライナ軍が産科病院を軍基地として使用していたこと、患者が病院から出ていくようにいわれていたこと、妊婦の食事をウクライナ軍の食事として提供するように要求したことは、マリアナさんの証言どおりで間違いないだろう。西側メディアはそうしたことは何も語らず、ロシアは残虐にも産科病院を空爆して多くの妊婦と子供を殺傷したと、キャンペーンを張ったのだった。

 

そして、ウクライナ軍が産科病院を基地として使用した事実は、次回に書こうと考えていること −アムネスティ・インターナショナルによる戦争犯罪に関するレポート:ウクライナ軍が意図的に住宅地や学校や病院に基地を設けて、住民を不必要な危険にさらしている− の一つの事例として使えるのは間違いない。

 

つづく、、、