霞喰人の白日夢

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ウクライナ戦争と嘘不感症に感染したメディア(3)

前回の記事で,2022年2月24日,ロシアがウクライナに侵攻する日まで,ウクライナで何が起きていたかについての事実(と思われること)について書いた.侵攻後の状況については,多くの人の記憶もまだ鮮明で,現在進行中であることから,戦争の全体像についてではなく,いくつかのトピックについて,主要メディアの報道の胡散臭さを具体的に取り上げて行こうと思う.

 

まずは,プーチンの"卑劣な"「核兵器による脅し」と言われる発言を取り上げてみたい.

 

 8月になって中高年以上の日本人が思い出すのは,第2次大戦末期の広島・長崎の原爆投下,そして日本の敗戦であろう.昭和の時代,その悲惨な記憶を文字通りに何度も何度も繰り返し聞かされたこともあって,戦後77年間,多くの日本人は核兵器の開発・保持・使用に反対してきた.だが,安倍晋三をはじめとする自民党右派が米国との核共有をおおっぴらに口にするようになり,プーチンによるウクライナ侵攻があり,さらに核使用を否定しないプーチン発言があったためか,このところ核兵器反対の世論は縮小しているように見える.今年の広島・長崎の原爆慰霊のTV報道では,その意図は明確でないが,テレビキャスターたちが申し合わせたように「プーチンによる核の脅し」という言葉をはさんでいた.

 

これを検証しよう.つまり,主要メディアが口々に言うように,プーチンは核使用をチラつかせて西側諸国を脅迫したか,である.そして脅迫したのならそれはなぜか,についてである.

 

東京新聞によると,プーチンの核発言について次のように書いた.

北大西洋条約機構NATO)の介入が受け入れがたい戦略的脅威になった場合に「必要に応じて使う」と発言した』

毎日新聞の記事だと次のようになる。

『「(ロシアは)他国にない兵器を保有しており,必要な時に使う」とも強調。核兵器と直接は言及していないが,英メディアなどは「事実上の言及」とも報じており..』

 

これが,TVキャスターたちの言う『脅し』にあたるかどうかは自明でないが,NATOウクライナ戦争に参戦したとき,あるいはNATOウクライナを強力に支援してロシアの国家としての存在が危うくなったとき,ロシアは核兵器を使うことも辞さないと表明したのはほぼ事実である.参考のために付け加えると,米国は核兵器の先制使用について否定をせず,中国は先制使用はしないと明言している.

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/174347

https://mainichi.jp/articles/20220428/k00/00m/030/032000c

 

では,ウクライナへの侵攻に際して,なぜプーチン核兵器使用の可能性について触れたのか.一つには,プーチンNATOによるロシア侵略を本当に恐れているからと考えられる.それを「プーチンの被害妄想」と言ってのける御用学者・大学教授も数多くいる.だが,元スイス軍情報将校・元NATO軍事アドバイザー・元国連平和維持局の軍事専門家ジャック・ボーによれば,NATOは決して,NATO自身が言うような防衛のためだけの軍事組織ではない.ユーゴスラビア紛争(ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争マケドニア紛争等)やリビア紛争で見せたNATOによる攻撃を見ればそれはわかる.そしてロシアとNATOが通常兵器による全面戦争をすれば,ロシアに勝ち目はない.経済力も技術力も段違いの差があるからだ.ロシアがNATOに対抗し、牽制できる唯一の軍事力は核ミサイルなのである.

だからこそロシアは1999年以来ずっとNATO拡大に反対してきたし,プーチン自身も2007年以来ずっと警告をしてきた.ウクライナNATOに加盟すればモスクワの目と鼻の先に米国のミサイルが配備される.キューバソ連の核ミサイルが配備されそうになった時にケネディ米国大統領が激しく警告したのと全く同じ構図だ.プーチンにとっては許されないレッドラインだったと言ってよいだろう.

 

https://www.dailyshincho.jp/article/2022/03040607/?all=1

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-11-30/R3E0VWDWX2PX01

 

だが,プーチンウクライナ侵攻に際し核兵器使用に触れた理由は,これだけではないと考えられる.

 

遡ること8年前,2014年2月22日,ウクライナの首都キエフで米国(オバマ政権)が主導するマイダン革命(または違法な暴力クーデター)が成功した.翌日23日には公用語からロシア語が廃止されたが,同日,ロシア系国民が90%以上を占めるクリミアの議会はキエフの決定に従わないとの決議をした.そして2月末までには,反キエフの親露派住民および武装集団(西側報道では,一部ロシア軍兵士がいたとも言われる.クリミアにはロシアの重要な軍事基地がある)がクリミア半島をほぼ占拠した.2月27日にはクリミア自治共和国自治権拡大も議会で決議された.ウクライナ政府はこれらすべてをロシアが主導したと非難するが,ロシアは米国とウクライナの反政府勢力がキエフで違法暴力クーデターを主導し親露政権を倒したことを非難する.

 

3月1日,ロシアはロシア系住民保護を理由にクリミアへの軍投入を決めた.7日にはクリミア議会がウクライナからの分離とロシアへの編入を決議した.3月16日,クリミアでロシア編入の是非を問う住民投票が行われ,編入支持が96.6%と圧倒的多数を占めた.これを受けて翌17日にクリミア議会はウクライナからの独立を宣言し,ロシアへの編入を承認した.

 

クリミア紛争の経緯説明が長くなったが,これらの結果を受けて3月18日,ウクライナ国家安全保障・国防評議会元副長官シュフリッチと元首相のユーリヤ・ティモシェンコが電話会談をした(以下のURLはその盗聴記録).その盗聴された会談の中で,ウクライナ国内(主にドンバス)に残る800万人のロシア系国民(一部はロシア国籍も持つ)をどうするかと聞かれたティモシェンコは,彼らの上に原爆を落とせと発言したのだった.自国民に対する正気と思えぬこの発言は,ロシアおよびウクライナのロシア系住民には広く知られているようだ.

 

https://www.youtube.com/watch?v=oEFCmJ-VGhA (1分50秒から)

https://www.nicovideo.jp/watch/sm23198262   (1分40秒から)

 

さらに深刻と思えるのは,前回の記事でも触れたトロント在住のカナダ人国際刑事弁護士Christopher Blackによる記事 "the legality of war" の次の部分である.

 

【私たちは,過去数か月間,NATO 諸国がロシアに対する核攻撃の実施を含む軍事演習を実施したことを覚えています.私たちはまた,米国が先制攻撃の核戦争政策をとっており,いつでもどこでも核兵器を使用する権利を主張していることを覚えています】

 

https://journal-neo.org/2022/03/08/the-legality-of-war/

https://christopher-black.com/the-legality-of-war/

 

この記事の発表は2022年3月8日であるから,過去数ヶ月といえば,2021年末から2022年にかけてということになる.その時期にNATOはロシアへの核攻撃の軍事演習を行っていたのである.

 

ロシア・プーチンは,NATOウクライナから核攻撃に関する挑発を受け続けていた.ウクライナ侵攻の決断にあたって,これらの挑発がプーチンの発言に影響を与えなかったとは考えにくい.プーチンの核発言は,我々ロシアはNATOに黙ってやられる訳にはいかない,そういう意思表示だったと考えることも十分に可能だ.

 

  ★   ★   ★

 

西側の主要メディアはこうした一連の出来事のすべてを書くことはしない.彼らが書くのは,「ロシアは他国にない兵器を保有しており、必要な時には使う」とのプーチン発言と,その兵器は核兵器との解釈である.それだけではない.さらに踏み込んだ解釈も書く.「その発言は我々に対する脅しだ」.そして,一旦そうした解釈をした後は,何の注釈もつけずに「ロシアは核兵器で我々を脅した」とだけ書くようになる.

 

「ロシアは核兵器で我々を脅した」 

 

切り取られたその言葉が,主要メディアのあちこちで何度も使われるようになる.だが果たしてそれは事実といってよいか.あるいはフェアな言い方か.NATOがロシアへの核攻撃の軍事演習を行っていたことを伝えずに,切り取った言葉だけを報道をすることは,真実を伝える(と期待されている)メディアとして許されることか.それは,嘘に近いのではないか.

 

一連の出来事が起きている中で,都合の悪いことを無視して,都合のいいことだけを取り上げ,報道する.それは明らかに不正義であるし,同じ不正義は人の発言や文章を伝える場合にも起きる.短くする場合には,全体の主旨を理解しそれと食い違わないように必要部分を取り出して要約する.小学生でもわかるその最低限の倫理を,西側の主要メディアは捨て去ってしまったように見える.まるで感染症のように不正義への不感症が広がっている....

 

次回は,もっと別の,もっとはっきりしたメディアの嘘を取り上げようと思う.

 

つづく...