霞喰人の白日夢

霞を食べて生きていけたら..

ボーイング737MAXと経営者倫理

1月23日,日曜日,朝日新聞の一面トップ記事は紙面の半分を占めた上に,続く二面の2/3を埋めていた.オンラインでは次のURLで読むことができる.

 

(強欲の代償 ボーイング危機を追う)妻子奪った翼、資本主義の病 「金融マシン」化、失われた安全

https://www.asahi.com/articles/DA3S15181452.html

 

737MAX

2019年,小型旅客機ボーイング737MAXが立て続けに2つの墜落事故を起こした.そして後に,それらは737MAXの欠陥によるものと分かった.記事は一面でカナダ・トロントに住む男性の言葉を借りて事故の顛末を述べ,二面で株主中心資本主義社会におけるボーイング社の「金融マシン化」が背景にあること − "優等生的"な書き方をすればだが −  を明らかにしていく.別の見方をすれば,というより,私のものの考え方に従えば,それは背景ではなく事故の根本原因であったと言えるだろう.

 

詳細は記事を参照して欲しいのだが,簡単にいえば,エアバス社との競争に遅れを取ったボーイング社が,経営的な危機感から時間とコストを削減をするため技術的に正当と考えられる開発手段を取らず,無理な近道をしたということになる.その近道は狭義の開発,つまり設計・製造だけではない.同じように時間とコストがかかる規制当局の安全審査を省略し,パイロット訓練の省略によって顧客のコスト削減を実現するために - つまり有利な営業をするために - 詐欺的な開発コンセプトを営業トークとして押し通したのだ.

 

apartment

ただ,この簡単な説明だけでは問題の本質は見えてこないだろう.開発陣が正しい開発と安全審査をしなかったことが原因と理解されかねない.この種の事故でいつも繰り返されるように,例えば欠陥自動車や欠陥マンションや食品偽装事件などのように,事故の責任は一義的にプレッシャーに負けた開発担当者たち - その多くは技術者だが - にあるとされてしまう.そのように理解しがちな社会的構造があるからこそ,文部科学省は2005年の姉歯秀次建築士による耐震偽装事件のあと,すべての大学工学部に『技術者倫理教育』実施を強制したのだ.

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A7%8B%E9%80%A0%E8%A8%88%E7%AE%97%E6%9B%B8%E5%81%BD%E9%80%A0%E5%95%8F%E9%A1%8C

 

book

しかし,いくら理工系学生たちに技術者倫理教育をし,技術者の良心を守るように求めたところで,使用者である経営者たちの倫理観が薄ければ,経営者たちが株主最優先主義=利益至上主義に基づく会社経営をしていれば,同様の事件は繰り返し起こるだろう.ほとんどの技術者は会社員であり,生殺与奪を握る上司・会社・経営者の命令に従って仕事せざるを得ないからだ.ものを作る過程には物理的・化学的・生物学的なプロセスがあり,そのプロセスには神様にもなくすことのできない時間・空間・コスト的制約が必ずある.経営者たちが神に逆らってそれらの制約を無視し,株主が望む目標の達成を強制すれば,現場社員の選択肢は2つしかなくなる.会社の要求に従わずに自分の将来を失うか,自分あるいは家族のために不正をするかだ.姉歯秀次建築士設計事務所の代表で会社員ではなかったが,大企業の顧客が事務所の生殺与奪を握っていれば同じことだ.

 

『君は家族をMAXに乗せるか? 自分なら乗せない』 『こいつらをどう解決すればいいのか検討もつかない.これはシステムであり文化(の問題)なんだ.経営陣はビジネスをほとんど知らないくせに,明確な目標だけは押しつけてくる』

 

ボーイング社内でこのようなメッセージがやりとりされていたという.仕事を失いたくない現場社員にしてみればこうして愚痴をこぼすのがせいぜいであったろう.『技術者倫理教育』より前に,『経営者倫理教育』とその徹底が重要なのは明らかといってよいだろう.

 

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boeing

朝日新聞は,二面でボーイング社がなぜそこまで無理をして利益追求しなければならなかったかに踏み込む.それは現代に蔓延する,というより現代のビジネスマンには常識化してしまった『株主中心資本主義』の存在である.株主利益最大化を唯一の目的とする企業経営の一般化でもある.一昔前には当たり前だったはずの経営,社員を幸せにすることを目標として掲げる大会社は今ではほとんどない.社員(労働者)は企業が利益を上げて株主還元するために必要なコストに過ぎないから,たとえ黒字経営であってもギリギリまで人員削減を進める.正社員を非正規に置き換えて人件費を抑え,会社の利益を最大化する.流行りのITやAIはそのための道具である(私はもう退職したが,現役時代には自分の研究がそのように使われることに嫌気がさした).そのようにして最大化した利益から株主配当を増やし,役員報酬を増やす.十分な配当と役員報酬を支払ってもさらにお金が余るなら自社株買いをする.彼らの頭に,社員の給料を増やしたり非正規社員を正規社員に引き上げる考えは,全くない.

 

なぜ彼らは自社株を買うか(日本では2001年まで原則禁止であった).それは,市場に出回っている株を買ってそれを償却すれば市場の総株数が減り,一株あたりの利益や株主配当が増えるからである.そして配当が増えれば株式の価値が上がり,株価を押し上げるからである.そうやって,徹底的に株主の利益を追求するのが現代の資本主義,株主中心資本主義なのだ.

 

わが国における自己株式取得の規制緩和

https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=3123&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1

 

stock buying

ボーイング社もその薄汚れた株式市場で "優良な" 会社と認められたい.だから開発コストを削って危うい旅客機を開発し,巧みなセールストークで売りまくって莫大な利益をあげた.気前よく株主配当し,自社株買いをしていた.手元資金がなければ借金してまで自社株買いをする会社 - スターバックスマクドナルド - まであるというのだから,負けてはいられなかったろう.最近の大企業経営者たちはストック・オプション(自社株をあらかじめ定められた価格で取得できる権利.株価が上がった後に売ればボロ儲け)を持ってるのが普通だから,株価が上がれば自分自身の利益にもなるのだ.

 

そんな企業経営をしていれば,技術開発がおそろかになるのは自明だ.例えば,燃費の良い航空機を作るには効率の良い新エンジンと軽い機体が必要だ.新エンジンの設計にも時間はかかるが,エンジンの効率を調べ,耐久性を調べ,安全性を確認するにはさらに多額の研究費と時間が必要だ.軽い機体を作るには機体の壁を薄くするか新材料を用いるかだろうが,やはりお金と時間をかけた実験・研究・検証が必要だ.

 

crash

必要な開発費を削ればどこかにしわ寄せが行く.安全のために必要な研究も検査も行えず,検討に必要な時間も削って無理を重ねれば,欠陥品ができ,事故が起きるのは当たり前といってよい.もしそのような状況の中で実際に事故が起きたとき,技術者にその責任を問うても彼らは肩をすくめるだけだろう.「危ないのは分かっていたよ」,「家族を自社の飛行機に乗せたいとは思わなかったよ」

 

株主中心資本主義が常識化してしまった現代において,もし人造物の欠陥により人の命が失われ,誰かが罰せられるべきだとするのなら,それを製造した会社の経営者以外にはないだろう.だからこそ,技術者倫理より前に,経営者倫理を徹底させなければならないのだ.